満州今昔物語 40
2007年 11月 08日
旧満州鉄道の旅編 15(この旅を終えて)
○ 満州の残滓(名残)は消えてしまったろうか
満州国は溥儀の時代の一三年五ヶ月に過ぎない。中国にとっては早く忘れたい偽満州国家の時代、日本人にとっても終戦の昭和二〇年八月一五日から始まった苦難の時代であった。その満州の名残がどの程度残っているかも、今回の旅行の目玉にしていた内容でもあった。
中国では文革の時、公共の建造物は破壊しなかったと言われている。韓国は日本の支配下の時代の建造物は、ほとんど取り壊したと言われている。国民性の違いなのであろう。満州時代の建造物は石造りの堅牢な建物であり、ヤマトホテルを始めとして、ほとんど100年近い歴史を残したままであった。しかし満鉄の宿舎、大連の日本人街など、もうほとんど原型をとどめないような建物が僅かに残っているだけで、新たな日本人街(日本人へ高額で売る物件)が出来ていたが、誰も買い手がつかないほど高額な建物であった。
日本人への反日感情などは、地域によって格段の差がある。しかし一般的に日本憎しの感情は、その当時の軍部、政府に対してであり、日本人一般には敵対視することはほとんど無い。「ニイハオ、シェシェ」の世界であった。
○ 気のあった友人との旅の楽しさ
退職してから、安近短のパック旅行をするのが楽しみになった。ヨーロッパは遠くなってしまった。いつも東南アジアの国々、あまり金をかけないようにしながら、気のあった仲間の旅行は楽しいものである。今回はいつもの仲間と、パソコンの学習を通じて創った会の仲間とその友人、10人の8泊9日の旅であった。
総勢18名、皆さん旅慣れた紳士淑女、人触りのいい人ばかり。札幌の添乗員の女性が言うのには「こんなに楽なグループも珍しいですよ」と言うことであった。
○ 鉄道の旅の楽しさ・快適さ
いまNHKのBSで、関口知宏の「中国鉄道の旅」が、毎週日曜日に放映されていて、録画を撮りながら中国の旅を楽しんでいる。
今回の鉄道の旅は、満州時代のアジア号の名残の鉄路、広くゆったりとした客車、軟座のシートにはテーブルがおかれ、窓外の景色を楽しみながら、シャッターをいきったり、茶を飲んだり、トランプ、将棋なども楽しめる、夜汽車の寝台も快適であった。もっとも2階の人は、寝台の上り下りに難儀されていたけれど。
○ 不思議に感じたこと
日本人だと分かると、どうしてバイアグラを勧めるのか。かなりの売店で勧められた。かつての中国大陸での日本人兵士の蛮行の中に、無辜の女性を辱めた日本人が多かったことを彼らは決して忘れてはいない。
海賊版は無くならないであろう。中国政府がどんなに取り締まるといっても、それは見せかけであり、海賊版を購入する旅行客も圧倒的に多い。私もテレサテンの「中国語版」を買ってきて聞いている。
このようなパック旅行は光の当たる部分しか回らない。もうすこし陰の地域、中国人の大多数が住んでいる場所にも、案内してもらいたかった。

○ 満州の残滓(名残)は消えてしまったろうか
満州国は溥儀の時代の一三年五ヶ月に過ぎない。中国にとっては早く忘れたい偽満州国家の時代、日本人にとっても終戦の昭和二〇年八月一五日から始まった苦難の時代であった。その満州の名残がどの程度残っているかも、今回の旅行の目玉にしていた内容でもあった。
中国では文革の時、公共の建造物は破壊しなかったと言われている。韓国は日本の支配下の時代の建造物は、ほとんど取り壊したと言われている。国民性の違いなのであろう。満州時代の建造物は石造りの堅牢な建物であり、ヤマトホテルを始めとして、ほとんど100年近い歴史を残したままであった。しかし満鉄の宿舎、大連の日本人街など、もうほとんど原型をとどめないような建物が僅かに残っているだけで、新たな日本人街(日本人へ高額で売る物件)が出来ていたが、誰も買い手がつかないほど高額な建物であった。
日本人への反日感情などは、地域によって格段の差がある。しかし一般的に日本憎しの感情は、その当時の軍部、政府に対してであり、日本人一般には敵対視することはほとんど無い。「ニイハオ、シェシェ」の世界であった。
○ 気のあった友人との旅の楽しさ
退職してから、安近短のパック旅行をするのが楽しみになった。ヨーロッパは遠くなってしまった。いつも東南アジアの国々、あまり金をかけないようにしながら、気のあった仲間の旅行は楽しいものである。今回はいつもの仲間と、パソコンの学習を通じて創った会の仲間とその友人、10人の8泊9日の旅であった。
総勢18名、皆さん旅慣れた紳士淑女、人触りのいい人ばかり。札幌の添乗員の女性が言うのには「こんなに楽なグループも珍しいですよ」と言うことであった。
○ 鉄道の旅の楽しさ・快適さ
いまNHKのBSで、関口知宏の「中国鉄道の旅」が、毎週日曜日に放映されていて、録画を撮りながら中国の旅を楽しんでいる。
今回の鉄道の旅は、満州時代のアジア号の名残の鉄路、広くゆったりとした客車、軟座のシートにはテーブルがおかれ、窓外の景色を楽しみながら、シャッターをいきったり、茶を飲んだり、トランプ、将棋なども楽しめる、夜汽車の寝台も快適であった。もっとも2階の人は、寝台の上り下りに難儀されていたけれど。
○ 不思議に感じたこと
日本人だと分かると、どうしてバイアグラを勧めるのか。かなりの売店で勧められた。かつての中国大陸での日本人兵士の蛮行の中に、無辜の女性を辱めた日本人が多かったことを彼らは決して忘れてはいない。
海賊版は無くならないであろう。中国政府がどんなに取り締まるといっても、それは見せかけであり、海賊版を購入する旅行客も圧倒的に多い。私もテレサテンの「中国語版」を買ってきて聞いている。
このようなパック旅行は光の当たる部分しか回らない。もうすこし陰の地域、中国人の大多数が住んでいる場所にも、案内してもらいたかった。

# by mikino70 | 2007-11-08 06:16 | 満州今昔物語









